東京地方裁判所 昭和59年(ワ)11640号 判決 1987年8月06日
原告 河合常雄
右訴訟代理人弁護士 道本幸伸
同 河村信男
被告 佐藤裕明
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 奥平力
被告 小泉文雄
右訴訟代理人弁護士 北山六郎
同 土井憲三
同 村上公一
右訴訟復代理人弁護士 北山恭浩
被告 菅谷敏雄
右訴訟代理人弁護士 山田有宏
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、各自金六四二〇万四〇六六円及びこれに対する昭和五九年八月三一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 1につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
主文同旨
《以下事実省略》
理由
一 被告佐藤、同斎藤及び同小泉に対する請求について
1 原告は、右被告ら三名が日本証券流通の取締役であり、その職務を行うにつき悪意又は重大な過失があったとして商法二六六条の三による責任を負うべき旨を主張する。
(一) 《証拠省略》によれば、被告佐藤及び同小泉が昭和五八年一一月一八日に日本証券流通が設立された際の取締役として登記されており、同斎藤が昭和五九年三月六日、同社の取締役に就任した旨の登記がなされており、さらに同小泉が昭和五九年三月六日に同社の取締役を辞任した旨の登記がなされていることが認められる。
(二) しかしながら、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。
(1) 公昭は、昭和五八年一〇月ころ、同人が当時勤務していたアニメーション原画の販売を主たる業務とする訴外株式会社ラムダエンタープライズ(以下「ラムダエンタープライズ」という。)の社長小田切から、「自分が会社を作るので、絶対に迷惑をかけないから、急いで印鑑証明書と実印(以下「実印等」という。)を取れる人を五、六人探してほしい。」との依頼を受けた。
(2) 公昭は、右の実印等については、小田切が設立すると言っていた会社設立手続に関して、単に書類上の人数確保のため形式的に使用されるにすぎないと考え、また、小田切から絶対に迷惑をかけないと言われたため、同人を信頼し、それ以上実印等の使途について詮索することもなく、同人と面識もあった被告佐藤及び自分の実兄である同斎藤に対し「小田切さんが会社を作るらしい。絶対に迷惑をかけないと言っているので、実印と印鑑証明書を貸してほしい。」旨依頼し(被告斎藤に対しては同人の妻を通じて)、被告佐藤からは実印等を、被告斎藤からは印鑑証明書のみをそれぞれ預かり、これらを小田切に渡した。
(3) 公昭から右の通りの依頼を受けた被告佐藤は、①音楽やアニメーションの関係の業界では、株式会社なる名称を使用していても法人化していない場合が多いことから、ラムダエンタープライズも法人化しておらず、今度これを法人化するために発起人が必要なのであろうと考えたこと、②被告佐藤は、昭和四〇年に大学を卒業した後訴外テイチク株式会社(以下「テイチク」という。)に入社し、製作のディレクターとして勤務していたが、昭和四九年に大学を卒業し、テイチクよりレコーディング歌手としてデビューした公昭の担当ディレクターとなり、仕事を通じ、又、仕事を離れても同人と親しい間柄になっていたところ、その公昭が小田切に大変世話になっていたこと、③ラムダエンタープライズはアニメーションを製作する会社であり、アニメーションには必ず音楽が必要となるものであることから、同社と友好関係を保っておけば将来の仕事の役に立つことがあるかもしれないと考えたこともあって、親しくしていた公昭の「絶対に迷惑をかけない。」という言葉を信頼して、実印等を同人に預けた。
(4) 又、被告斎藤は、公昭の実兄で、仙台市に居住して医療器機の販売会社に勤めていたが、公昭から、被告斎藤の妻を通じて前記のとおりの依頼を受けた際、実印を何に使用するのかが明らかでないので、仮に必要なものであれば、自分が上京した際に公昭から話を聞き、自分で判断したうえで実印を押捺しようと判断し、印鑑証明書のみを郵送するにとどめた。
(5) 日本証券流通の株式会社設立登記申請書の添付書類のうち、創立総会議事録、取締役会議事録、取締役及び監査役の調査報告書には、同社の取締役として被告佐藤の実印が押捺されているが、同人か右各書類に実印を押捺することを承諾したことはなく、昭和五九年三月六日付臨時株主総会議事録には、被告佐藤及び同斎藤名義の認め印が押捺されているが、これらは、同人ら所有の印鑑によるものではない。
のみならず、被告佐藤及び同斎藤は、日本証券流通の取締役就任を承諾したことはなく、本訴を提起されて初めて同社の取締役として登記されていることを知ったものであり、同社の取締役会の招集通知を受けたことも、取締役会に出席したこともなく、取締役報酬を受領したこともなかった。以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) さらに、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。
(1) 被告小泉は、昭和五八年二月ころ、訴外中村秀夫の紹介により、中江の妻加代子を知り、同人の依頼により、エヌ・エス・ケイ(代表取締役は加代子)の取締役に就任し、同社の経営するディスコシュカーストッキングの支配人として勤務することとなった。
(2) 昭和五八年一〇月下旬ころ、被告小泉は、加代子から、シュカーストッキングの従業員が多いのでこれを分散させるためにもう一軒店を出したいと思うが、その貸金を借り受けるについて保証人になってほしい、そのため実印等を貸してほしい旨依頼され、シュカーストッキングは相当収益があるからチェーン店として併行していくならば、一〇〇〇万円程度であれば、売り上げから十分返済していけると判断し、その旨加代子に話をするとともに、同人を信頼し同年一一月初めころ、実印等を渡した。
そして、加代子は、資金の借入れの話がまとまって、書類が作成されたら、被告小泉に書類を示して印鑑を押してもらうと言っていたが、その後加代子から何の連絡もないので、被告小泉は、加代子に対し、借入れの話はどうなったのか、又実印等を使わないのであれば返してくれるよう何度も催促したが、加代子は、もう少し待って下さいなどと述べ、これに応じないままとなり、結局、実印等の返還を受けることができなかった。
(3) 日本証券流通の株式会社設立登記申請書の添付書類のうち、創立総会議事録、取締役会議事録、取締役及び監査役の調査報告書には、同社の取締役として被告小泉の実印が押捺されているが、同人が右各書類に実印を押捺することを承諾したことはなく、昭和五九年三月六日付臨時株主総会議事録には、被告小泉名義の認め印が押捺されているが、これは、同人所有の印鑑によるものではない。
のみならず、被告小泉は、同社の取締役就任を承諾したことはなく、取締役に就任した旨の登記がなされていることは、昭和五九年一〇月初めころ訴外南部法律事務所からの内容証明郵便が届いて、初めて知った。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(四) 右に認定した事実によれば、被告佐藤、同斎藤及び同小泉は、いずれも日本証券流通の取締役就任を承諾したことはなく、同社の株式会社設立申請書の前記添付書類及び昭和五九年三月六日付臨時株主総会議事録に被告佐藤及び同小泉の実印あるいは右被告ら三名名義の認め印が押捺されているのは、被告佐藤が公昭を通じて小田切に、被告小泉が加代子にそれぞれ預けた実印が冒用され、あるいは、右被告ら三名名義の認め印が同人らに無断で、勝手に押捺されたものと推認することができるから、右被告ら三名は、商法二六六条の三にいう取締役にはあたらないと言うべきである。
(五) ところで、原告は、さらに仮に右被告ら三名が日本証券流通の取締役ではなかったとしても、右被告ら三名は、故意又は過失によって同人らが取締役である旨の不実の登記を現出するにつき加功したものであるから、商法第一四条により、善意の第三者である原告に対し、取締役としての責任を免れない旨主張する。
本来商法第一四条にいう「不実ノ事項ヲ登記シタル者」とは、当該登記をした商人(登記申請権者)をさすものと解すべきであるが、その不実の登記事項が株式会社の取締役への就任であり、かつ、その就任の登記につき取締役とされた本人が故意又は過失により承諾を与えた場合には、同人もまた不実の登記の現出に加功したものというべきであるから、同条の規定を類推適用して、当該本人は、自己が取締役でないことをもって善意の第三者に対抗することができないものと解するのが相当である。そして、取締役への就任を承諾すれば、特段の事情のないかぎり、就任登記も承諾しているとみられるから、取締役への就任を承諾した者は、原則として、当該取締役就任の登記が現出するについて加功したものと言うべきである。
しかしながら、本件の場合には、前記認定のとおり、被告佐藤、同斎藤及び同小泉は、いずれも日本証券流通の取締役就任を承諾したことはなく、単に、知人の他の会社を設立するため、あるいは、知人の借金を保証するためそれぞれ実印及び印鑑証明書を貸してくれとの依頼に応じてこれらを交付したにすぎないのであるから、これをもって、日本証券流通の取締役就任の登記につき故意又は過失により承諾を与えたと認めることはできず、かかる場合にまで商法第一四条を類推適用することは相当でない。
仮に、不実の取締役就任登記を承諾した場合に限らず、故意又は過失によって右不実登記の現出に加功したと認められる場合にも、商法一四条が類推適用され、取締役として登記された者は自己が取締役でないことをもって善意の第三者に対抗できないものと解したとしても、これにより商法二六六条の三に基づく取締役の責任を問うためには、更に同条所定の要件又はこれに準ずる要件を具備する必要があるものと解するのが相当である。
これを本件について見るに、右被告ら三名は、先に認定したとおり、日本証券流通の取締役就任を承諾したことがなかったから、同社の取締役として登記されていることすら全く知らなかったのであり、また同社から一度も取締役会の招集通知を受けたこともなく、かつ、役員としての報酬も支給されなかったことが認められる。
右事実によれば、同人らは取締役として登記されていることを知る術もなく、したがって、同人らは、同社の代表取締役に対して何らの影響をも有していなかったのであるから、同人らに対し、同社の取締役ないしこれに準ずる者としての職責を尽すことを求めることは不可能を強いるものと言うべきであり、同人らには同社の代表取締役の不法行為を未然に防止すべき監督義務はなく、仮にこれがあったとしてもその懈怠には、悪意はもとより重大な過失があったと認めることはできないので、結局、同人らに対し、商法第二六六条の三による責任を問うことはできないと解すべきである。
(六) したがって、いずれにしても、原告の右被告ら三名に対する商法第二六六条の三に基づく請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
二 被告菅谷に対する請求について
原告は、被告菅谷に対し、日本証券流通らの詐欺的商法に故意又は過失により加担したとして共同不法行為に基づく責任を負うべき旨を主張するので、この点について判断する。
《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 被告菅谷は、中江らとともに、昭和五三年一〇月四日、株式専門の雑誌を発行する会社として投資ジャーナル(代表取締役は中江)を設立し、同社が発行する株式投資の専門誌「月刊投資家」の編集長として編集業務に従事することとなった。
その後、投資ジャーナルは、「月刊投資家」発行業務の他に投資顧問業務も始めることとなり、そのため、昭和五四年一〇月四日、訴外平林孝康(以下「平林」という。)が代表取締役に就任して投資顧問業を行う営業部門の責任者となり、一方、被告菅谷は、昭和五四年七月七日、同じく代表取締役に就任して、雑誌の編集部門の責任者となった。
そして、平林が昭和五六年二月二〇日に代表取締役を辞任するに伴って、被告菅谷も、昭和五六年四月二三日、代表取締役を辞任したが、被告菅谷は、その後もそのまま「月刊投資家」編集長としての業務を遂行した。中江が従来の経営方針を変更し、投資ジャーナルグループにおいて前記一〇倍融資の方法による詐欺的商法を企画したのは昭和五七年三月ごろからであり、日本証券流通が設立されたのは昭和五八年二月であるが、そのときには被告菅谷は投資ジャーナルの取締役も退任しており、再び同社の取締役に就任したのは昭和五八年一二月である。
(二) 被告菅谷は、右のとおり一時的に投資ジャーナルの取締役や代表取締役に就任したが、実際の仕事としては、昭和五三年一〇月に「月刊投資家」を創刊して以来、もっぱら同誌の編集に専念してきたのであり、次のとおりの事情もあって、投資顧問業務を行う営業部門(営業部門は、この後さらに株式の売買斡旋業務等も行うに至った)には関与しなかった。
(1) 前記のとおり、被告菅谷が投資ジャナルの代表取締役だったのは、中江らが詐欺的商法に乗り出す以前の時期であり、また、被告菅谷は、代表取締役や取締役としての権限は何ら有していなかった。すなわち、被告菅谷は、「月刊投資家」の編集長としての報酬をもらっていたのみで、投資ジャーナルの取締役としての報酬は受けておらず、取締役会が開かれたことすら一度もなかったし、その結果として、営業部門の営業方針について相談を受けたこともなく、また、日本証券流通や東京クレジットなどの投資ジャーナルの関連会社の設立について関与することもなかった。なお、被告菅谷は、右のような新会社が設立されたことは、「月刊投資家」への広告掲載等を通じて知ったが、これらの新会社がいかなる目的を持って設立され、いかなる業務を行っていたかについては詳細には知らされていなかった。
(2) 「月刊投資家」編集部は、昭和五三年八月から昭和五九年八月に至るまで、南雲ビル、高野ビル、新東京ビル、兜町中央ビル、ニッッシンビル及びマルブン中央ビルと転々と移動し、この間営業部門と同一のビルで業務を行ったのは、昭和五五年八月から昭和五六年四月まで(高野ビル)と昭和五七年四月から昭和五八年五月まで(兜町中央ビル)にしかすぎなかった。
(3) 「月刊投資家」には、投資ジャーナルグループの広告が掲載されていたが、これは中江が投資ジャーナルグループの広告原稿を集めて編集部に持ち込むのであり、編集部にはこれを掲載するか否かを決定する権限はなく、原稿について編集部がなしうるのは、誤字、脱字等があれば訂正してもらうという程度のものにすぎなかった。
また、「月刊投資家」に掲載されていた、手持ちの株券の一〇倍まで融資するといういわゆる一〇倍融資の方法は、正規の証券取引に比べて、素人の顧客に対し著しくその射幸心をあおるものであるが、これと同様の広告が「株式にっぽん」、「投資相談」などの業界誌にも掲載されていた。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右に認定した事実によれば、被告菅谷は、一時的には投資ジャーナルの代表取締役や取締役には就任したが、何らの実質的な権限を有しておらず、同社の営業部門の業務には関与することがなく、もっぱら「月刊投資家」の編集長としての職務に専念しており、日本証券流通ないし投資ジャーナルグループとの間で詐欺的商法について共謀していたとは認められず、また、同人の投資ジャーナルにおける前記地位、職務内容等に鑑みれば、仮に同人の行為が結果的に投資ジャーナルグループの詐欺的商法に加担することになったとしても、同人にこの点につき共同不法行為者としての過失があったと認めることはできない。
したがって、原告の被告菅谷に対する故意又は過失による共同不法行為に基づく請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
三 よって、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥山興悦 裁判官 福田剛久 土田昭彦)
<以下省略>